はじめに:町工場が挑んだ究極の自社製品開発
愛知県春日井市で精密部品加工を手がける私たち有限会社榊原工機は、「機械部品加工の駆け込み寺」として多くのお客様からご信頼をいただいています。
手のひらサイズを中心とした小物部品の少量生産や試作開発に強みを持つ当社ですが、日々のお客様対応だけでなく、自社の技術力を結集したオリジナル製品の開発にも挑戦しています。その代表作が、高級ゴルフパター「SAKAKI PUTTER」です。
このパターは単なる趣味の延長ではありません。当社が誇る5軸加工技術を駆使し、金属の塊から削り出すという高度な製法で作り上げた、技術力の結晶とも言える製品なのです。
本記事では、「SAKAKI PUTTER」の開発ストーリーを通じて、私たちの技術への情熱と、それを支える設備・ノウハウについて詳しくご紹介します。加工業界の方はもちろん、オリジナル製品の開発を検討されている方にも、きっと参考になる内容です。
5軸加工技術がパター製作に欠かせない理由
ゴルフパターのヘッドは、見た目以上に複雑な立体形状をしています。重心位置の調整、フェース面の微妙な角度、ソール部分の曲面など、すべてがゴルファーの打感と方向性に影響を与えます。
こうした複雑な形状を高精度で実現するために、私たちは5軸加工機を活用しました。
5軸加工機とは、通常の3軸(X軸、Y軸、Z軸)に加えて、2つの回転軸を持つ工作機械です。この5つの軸を同時に制御することで、ワーク(加工する材料)を最適な角度に傾けながら、工具を多方向から当てることができます。
例えば、パターヘッドの底面にある複雑な曲面を加工する場合、3軸の機械では何度も材料を付け替えて加工する必要があります。しかし5軸加工機なら、一度のセッティングで複数の面を連続して加工できるのです。
これにより、段取り替えによる精度のズレを最小限に抑え、極めて高い寸法精度を実現できます。特に高級パターのように、わずか数ミクロン単位の誤差が打感に影響する製品では、この精度が決定的に重要になります。
さらに、5軸加工機や複合加工機であれば、穴加工まで一台で完結できる工程集約能力も持っています。これは生産効率の向上だけでなく、各工程間での誤差の蓄積を防ぐという意味でも大きなメリットです。
当社では様々な加工設備を保有していますが、この5軸加工機こそが「SAKAKI PUTTER」開発の要となった設備でした。
「削り出し」という製法が証明する技術力
「SAKAKI PUTTER」の最大の特徴は、金属の塊から削り出して製作している点です。
削り出しとは、金属のインゴット(塊)から不要な部分を切削工具で削り取り、最終的な形状を作り出す製法です。鋳造や溶接で部品を組み合わせる方法とは根本的に異なります。
削り出しの最大のメリットは、材料内部の密度が均一に保たれ、強度のムラや内部欠陥が発生しにくいことです。一体成型に近い構造となるため、極めて高い剛性と耐久性が得られます。
ゴルフパターにとって、これは非常に重要な特性です。なぜなら、パターヘッドの重量配分や重心位置は、打感や方向性を左右する決定的な要素だからです。削り出しであれば、設計通りの質量分布を忠実に再現できます。
当社は「手のひらサイズの部品を中心に、小物部品なら何でも加工OK」という方針で、金属も樹脂も幅広く対応しています。パター開発では、ステンレスと真鍮という異なる金属材料を使用しました。
ステンレスは硬度が高く切削抵抗が大きいため、工具の選定や切削条件の設定が難しい材料です。一方、真鍮は比較的切削しやすいものの、仕上げ面の美しさを出すには熟練の技術が必要です。
こうした材質ごとの特性を理解し、それぞれに最適な加工法を選択できるのは、長年にわたって様々な小物部品の加工を手がけてきた経験があるからこそです。
削り出しによるパター製作は、当社の精密切削加工の専門性を最大限に活かせる、まさに理想的なプロジェクトでした。
開発過程で直面した技術的課題とクリエイティブな解決策
自社製品の開発は、お客様から依頼された部品を作るのとは異なる難しさがあります。仕様が明確に決まっているわけではなく、デザインと機能性の両立、コストと品質のバランスなど、すべてを自分たちで判断しなければなりません。
「SAKAKI PUTTER」の開発でも、数多くの技術的課題に直面しました。
最初の課題は、デザイナーが描いた複雑な曲面を、いかに忠実に再現するかという点でした。図面上では美しいラインでも、実際に5軸加工で実現しようとすると、工具の干渉や加工時間の問題が発生します。
当社のエンジニアは普段から「角から削ろうか、丸から削ろうか」「マシニングと旋盤で工程を組もうか」と、常に頭を旋盤のように高速回転させて最適な加工法を考えています。この思考プロセスをフル回転させ、加工プログラムを何度も修正しながら、理想的な形状を追求しました。
次に苦労したのが、固定治具の設計です。
削り出し加工では、材料をしっかりと固定しなければ、切削時の振動で精度が落ちたり、最悪の場合は材料が動いてしまったりします。しかしパターヘッドのような複雑な形状の場合、どこをどう固定するかが非常に難しい問題となります。
固定する場所が多すぎると加工できる範囲が限られますし、少なすぎると剛性が不足します。何度も試作を重ね、最適な固定方法を見つけ出すまでには相当な時間がかかりました。
さらに、材質による加工条件の違いも大きな課題でした。
ステンレスは切削熱が発生しやすく、工具の摩耗も激しい材料です。切削速度や送り速度、クーラント(切削油)の使い方など、細かな条件設定が仕上がりを左右します。
真鍮は加工しやすい反面、切削時に細かい切りくずが出やすく、それが加工面に傷をつけることがあります。表面の美しさを保つためには、切りくずの排出方法にも工夫が必要でした。
こうした課題を一つ一つクリアしていく過程は、まさに当社が得意とする「少量・試作」の真骨頂です。大量生産では許されない試行錯誤を重ね、ベストな加工法を見つけ出していく。この経験こそが、お客様の困難な依頼に応える力となっています。
ガレージブランド支援につながる自社開発の経験
「SAKAKI PUTTER」の開発は、当社にとって単なる製品開発以上の意味を持っています。それは、ガレージブランドや個人ブランドの試作開発支援という、新たなサービス展開への足がかりとなったからです。
近年、小規模な企業や個人が独自のブランドを立ち上げるケースが増えています。しかし、アイデアはあっても、それを形にする技術や設備がないという課題を抱えている方が多いのが現実です。
当社は以前から、お客様の少量・試作案件を数多く手がけてきました。しかし、自社でゼロからオリジナル製品を開発し、市場に出すという経験は、また別の学びをもたらしてくれました。
例えば、コストと品質のバランスをどう取るか。高品質を追求すればコストは跳ね上がりますが、価格が高すぎれば市場で受け入れられません。どこまで妥協し、どこは妥協してはいけないのか。この判断は、実際に製品を作って販売してみなければ分かりません。
また、デザインの変更への対応も重要な経験となりました。開発途中で「ここの形状を少し変えたい」という要望が出た時、大規模な工程変更をせずに対応できるか。柔軟な対応力が求められます。
こうした経験を通じて得たノウハウは、今では外部のガレージブランドや個人ブランドのお客様への支援に活かされています。
「自分たちもゼロから製品を作った経験があるからこそ、お客様の悩みが理解できる」という姿勢は、お客様との深い信頼関係を築く基盤となっています。
お客様からの評価と業界での信頼構築
「SAKAKI PUTTER」の開発を通じて、当社の技術力は外部からも高い評価をいただくようになりました。
2024年4月には、月刊「機械技術」2024年5月特別増大号に当社が掲載されました。これは、業界の専門誌が当社の5軸加工技術や精密切削加工のノウハウを認めてくださった証です。
専門誌への掲載は、同業他社や潜在的なお客様に対して、当社の技術レベルを客観的に示す重要な機会となりました。「榊原工機という会社は信頼できる技術を持っている」という認識が広がったのです。
また、お客様からは「加工に困った時、納期に困った時、いろいろ相談するよりも榊原工機1社で解決できることが多い」という嬉しいお言葉をいただいています。
この評価の背景にあるのは、当社の「1社完結」の対応力です。
設計段階からCAD/CAMでの加工プログラム作成、そして実際の加工まで、すべてを社内で完結できます。旋盤、マシニングセンタ、ワイヤー加工機、そして5軸加工機といった多様な設備を、案件に応じて最適に組み合わせて使用できるのです。
「SAKAKI PUTTER」の削り出しは、まさにこの1社完結能力を凝縮した製品です。複雑な5軸加工プログラムの構築から、ステンレスと真鍮という異なる材質の特性を活かした加工まで、すべてを自社の技術と設備で実現しました。
このような実績が、「機械部品加工の駆け込み寺」としての信頼性をさらに高めているのです。
高度な技術と相談しやすさの両立
当社の特徴は、高度な技術力を持ちながらも、お客様が気軽に相談できる雰囲気を大切にしていることです。
工場の外観は「工場っぽくない」とよく言われます。木のぬくもりと緑にあふれた建物は、まさに「あたたかい町工場」という表現がぴったりです。1階で金属の精密加工を行い、2階は木の温もりを感じる事務所になっているという構造も、当社ならではです。
社長はお話し好きで、特に急ぎの案件については「メールよりも電話でご相談ください」と呼びかけています。これは、文章では伝わりにくい微妙なニュアンスや、緊急度の高さを直接理解したいという想いからです。
高級パターのような高度な製品を開発できる技術力と、町工場らしい親しみやすさ。この両立こそが、当社がお客様から信頼される理由だと考えています。
オリジナルグッズの試作開発や、複雑な小物部品の加工でお困りの際は、ぜひ当社の多能工エンジニアと豊富な設備をご活用ください。
まとめ:技術力を結晶化させた製品が示すもの
高級ゴルフパター「SAKAKI PUTTER」は、有限会社榊原工機の技術力を目に見える形で具現化した製品です。
5軸加工技術を駆使した削り出しによる製作は、当社が精密切削加工のプロフェッショナルであることを証明しています。開発過程で直面した数々の課題を、クリエイティブな発想と豊富な経験で乗り越えてきました。
この挑戦を通じて蓄積されたノウハウは、すべてお客様の小物部品の少量・試作案件に還元されています。ガレージブランドや個人ブランドの製品開発支援という新たなサービスにも活かされているのです。
パターのヘッドが金属の塊から時間をかけて丁寧に削り出されるように、当社の技術も、数多くのお客様の困難な依頼に応え続けることで、少しずつ磨かれてきました。「頭を旋盤のように高速回転させて」最適な加工法を考え続ける日々の積み重ねが、今の技術力を形作っています。
「SAKAKI PUTTER」という結晶の輝きは、当社の専門性と信頼性を世界に示す証です。
これからも榊原工機は、技術への挑戦を続け、「機械部品加工の駆け込み寺」として、お客様のあらゆるご要望にベストパフォーマンスでお応えしてまいります。
複雑な形状の小物部品加工、少量・試作開発、オリジナル製品の削り出しなど、どのようなご相談でもお気軽にお問い合わせください。当社の5軸加工技術と多能工の経験が、きっとお客様のものづくりをサポートいたします。

