ステンレス加工はなぜ難しい?粘りと熱との戦い―榊原工機が語る現場のリアル

2025年11月18日
#ブログ
有限会社榊原工機|小物部品の少量~中量生産に特化|ガレージブランド・個人ブランド”の試作開発も

はじめに―ステンレス加工という難題に立ち向かう日々

愛知県春日井市で機械部品加工を手がける私たち榊原工機は、日々さまざまな材質の加工に取り組んでいます。その中でも特に技術力が試されるのが「ステンレス加工」です。

ステンレス鋼は、錆びにくく強度も高いため、医療機器や食品機械、精密機器など幅広い分野で使用されています。しかし、実際に切削加工を行おうとすると、一般的な鉄鋼材とは比べ物にならないほど手強い相手なのです。

当社には「加工に困った」「納期に困った」というお客様からのご相談が日々寄せられます。特にステンレス加工は、その難しさゆえに他社で断られたり、想定以上の時間がかかってしまったりするケースが少なくありません。

本記事では、ステンレス加工の何が難しいのか、そして私たちがどのような工夫でその難しさを克服しているのかを、現場の生の声とともにお伝えします。少量・試作開発に取り組まれている方、ガレージブランドで製品開発をされている方にとって、きっとお役に立てる内容だと思います。

ステンレス加工の二大難題―粘りと熱がもたらす課題

ステンレス加工の難しさは、大きく分けて二つの特性に起因します。それが「粘り」と「熱」です。これらは単独でも厄介ですが、相互に作用することでさらに複雑な問題を引き起こします。

粘りが引き起こす加工硬化という現象

ステンレス鋼、特にSUS304のようなオーステナイト系ステンレスは、非常に粘り強い性質を持っています。この粘りは、切削工具が材料に接触した瞬間、その部分を瞬時に硬くしてしまいます。これを「加工硬化」と呼びます。

加工硬化が起きると何が困るのでしょうか。まず、工具の摩耗が急激に進みます。最初は普通に削れていても、数分後には同じ工具では削りにくくなってしまうのです。これは、削った直後の材料表面が硬化してしまい、次に工具が通るときにはより硬い材料と戦わなければならないからです。

現場のエンジニアが「ステンレスは削れば削るほど硬くなる」と表現するのは、まさにこの現象を指しています。工具寿命が極端に短くなるため、頻繁に工具交換が必要になり、それだけ加工時間も長くなります。

もう一つの問題が切り屑処理です。ステンレスの粘りは、切り屑が細かく分断されずに長く繋がろうとする傾向を生み出します。切り屑が工具やワークに絡みついてしまうと、加工精度に悪影響を及ぼすだけでなく、工具を破損させる原因にもなります。

私たちの工場でも、経験の浅いスタッフがステンレス加工に初めて挑戦したとき、切り屑の処理に苦戦する場面をよく目にします。切り屑が絡まって加工を中断せざるを得なくなったり、最悪の場合は工具を傷めてしまったりすることもあります。

熱の蓄積が精度を狂わせる

ステンレス加工のもう一つの難題が「熱」です。ステンレス鋼は熱伝導率が非常に低いという特性を持っています。これがどういう意味を持つのか、具体的に説明しましょう。

切削加工では、工具と材料の摩擦によって大量の熱が発生します。一般的な鉄鋼材であれば、この熱は材料全体に素早く拡散し、外部へ逃げていきます。しかし、ステンレス鋼は熱を効率的に逃がすことができません。結果として、熱がワーク自体や工具の刃先に集中して蓄積されてしまいます。

熱がワークに集中するとどうなるでしょうか。金属は熱を加えると膨張する性質があります。加工中に部品が熱膨張してしまうと、寸法が大きくなってしまいます。特に手のひらサイズの小物部品を精密に加工する場合、わずか数ミクロンの誤差が製品の品質を左右します。

さらに厄介なのは、熱が冷めると元の寸法に戻ろうとしますが、その過程で歪みが残ってしまう可能性があることです。精密な寸法公差が要求される部品では、この熱変形が致命的な問題となります。

工具側への影響も深刻です。刃先が高温に晒され続けると、工具寿命が縮むだけでなく、溶着という現象が起きます。これは切削熱で溶けた材料が工具に付着してしまう現象で、これがさらに加工精度の低下や工具破損を招きます。

私たちの戦い方―粘りと熱への実践的対策

これらの難題に対して、私たち榊原工機はどのように立ち向かっているのでしょうか。ここからは、現場で実践している具体的な対策をご紹介します。

粘りへの対策―シャープさと力強さの両立

粘り強い材料を相手にするとき、私たちが最も重視するのは工具選びと加工条件の設定です。

まず、シャープで切れ味の良い工具を使用することが基本です。しかし同時に、高い剛性を持つ工具や機械を使うことも不可欠です。粘り強い材料を一気に切断するには、ビビり(振動)を抑え、しっかりとした切削力を確保する必要があるからです。

当社では旋盤、マシニングセンタ、複合加工機など、さまざまな設備を保有していますが、ステンレス加工ではこれらの中から最も適した機械を選択します。剛性の高い機械を使うことで、粘りに負けない安定した加工が可能になります。

次に重要なのが、送り速度と切込み量の設定です。ここが熟練のエンジニアの腕の見せどころです。工具が同じ箇所に停滞すると加工硬化が進行しやすくなるため、常に工具を前進させ、硬化した層に二度と触れないように加工条件を調整します。

これは経験がものを言う領域です。材料のグレード(SUS303、SUS304、SUS316など)によって粘りの強さが異なるため、それぞれに最適な条件を見極める必要があります。私たちのエンジニアは、まさに「頭を旋盤のように高速回転させて」最適な加工方法を考え出しています。

熱への対策―冷却と工程設計の工夫

熱対策で最も基本となるのは、切削油(クーラント)の効果的な使用です。大量かつ高圧のクーラントを適切な位置に供給することで、熱を速やかに冷却します。

しかし、それだけでは不十分な場合もあります。特に深い穴あけや複雑な形状の加工では、クーラントが届きにくい部分が出てきます。そこで私たちは、加工工程そのものを工夫します。

例えば、一度に全て削ろうとせず、小分けにして削り、その間に冷却時間を設けるという方法があります。効率だけを考えれば一気に削った方が早いように思えますが、ステンレスの場合はそれが逆効果になることがあります。段階的に削ることで、ワークの温度上昇を抑え、最終的な寸法精度を確保できるのです。

また、加工順序にも工夫を凝らします。熱が発生しやすい工程を先に行い、精度が要求される仕上げ加工は十分に冷却してから行うといった具合です。このような工程設計の巧みさが、高精度なステンレス部品を安定して供給できる秘訣となっています。

多能工だからこそできる柔軟な対応

榊原工機の強みは、一人のエンジニアが複数の機械を操作できる「多能工」体制にあります。これがステンレス加工において、どれほど大きなアドバンテージになっているか、具体例を交えてご説明します。

設備を横断した加工の組み立て

ステンレス加工は、一つの機械だけで完結させることが難しいケースが多々あります。そこで私たちは、旋盤、マシニングセンタ、ワイヤーカット加工機などを組み合わせて、最適な工程を組み立てます。

例えば、円筒形状の外径加工は旋盤で行い、その後マシニングセンタでキー溝や穴あけを行うといった具合です。旋盤加工では熱が発生しやすいため、まず旋盤で形状を出し、冷却してからマシニングで精密な追加工を行うという手順を踏むこともあります。

特急案件の場合、5軸加工機や複合加工機が他の仕事で稼働中ということもあります。そんなときでも、多能工のエンジニアなら「この工程は旋盤で、この部分はマシニングで」と瞬時に判断し、空いている設備を有効活用して納期に間に合わせることができます。

ワイヤーカット加工という切り札

ステンレス加工で私たちが頼りにしているのが、ワイヤーカット加工機です。ワイヤーカットは放電加工の一種で、材料に物理的な力を加えずに加工できるため、粘りや硬度の影響を受けません。

切削加工で硬化層が形成されてしまったステンレス材に対しても、ワイヤーカットなら高精度な加工が可能です。また、切削では困難な複雑な抜き形状や、熱による歪みを避けたい場合にも威力を発揮します。

実際の現場では、「切削で粗加工して、最終的な精度出しはワイヤーカットで」という工程を組むことがよくあります。それぞれの加工方法の長所を活かし、短所を補い合う。これが多能工ならではの柔軟な発想です。

治具設計の重要性

ステンレス加工では、ワークをしっかり固定することも非常に重要です。粘りによる切削抵抗は大きいため、ワークが動いてしまうと精度が出ません。かといって、熱による膨張を考慮すると、締め付けすぎるのも良くありません。

そこで私たちは、案件ごとに最適な固定治具を設計します。均一に保持しつつ、熱膨張の逃げ場も確保する。このバランス感覚も、長年の経験から培われたノウハウです。

SAKAKI PUTTERに込められた技術

当社の技術力を象徴する製品として、5軸加工技術から生まれた高級ゴルフパター「SAKAKI PUTTER」があります。このパターは、ステンレスや真鍮といった材質から削り出しで製作されます。

ステンレス製パターの製作では、打感や重心設計のために複雑な立体形状を極めて高い精度で実現する必要があります。この削り出しの過程で、ステンレス特有の粘りや熱の問題を克服してきました。

パターヘッドは小さな部品ですが、ゴルフのパフォーマンスを左右する重要なアイテムです。わずかな加工誤差も許されません。この製品開発で蓄積したノウハウは、すべてお客様の小物部品の少量・試作にフィードバックされています。

自社製品を持つことで、私たちは常に技術の限界に挑戦し続けています。お客様の「こんな複雑な形状をステンレスで作れるか」という問いに、自信を持って「できます」と答えられるのは、この経験があるからです。

駆け込み寺として―お困りごとを解決する姿勢

私たちが「機械部品加工の駆け込み寺的存在」と呼ばれるのは、ステンレス加工のような難しい案件にも積極的に取り組む姿勢があるからだと自負しています。

少量・試作開発での強み

試作開発の現場では、設計変更によって予期せずステンレス加工が必要になることがあります。また、材質選定で迷った結果、ステンレスを選択したものの、加工してくれる業者が見つからないというケースも少なくありません。

ステンレス加工は、その難しさゆえに多くの加工業者が敬遠しがちです。しかし、私たちは多能工の経験と創造的な工程設計で、このような課題を解決してきました。

「他社で断られた」「思ったより時間がかかると言われた」というお客様からのご相談を、私たちは歓迎します。難しい案件ほど、当社の技術力を発揮できる機会だからです。

特急案件への対応力

納期が厳しい特急案件では、技術的な判断だけでなく、コミュニケーションのスピードも重要になります。

もしお急ぎの場合は、メールよりも電話でのご相談をお勧めします。実は当社の社長は話好きで、電話で直接お話しいただければ、その場で加工方法や納期の可能性を検討できます。

エンジニアは社長からの情報をもとに、すぐに頭を回転させて最適な加工方法を考え、設備の稼働状況を確認します。そして可能な限り最短の工程を提案します。この迅速な対応が、お客様の困った状況を救うことに繋がっています。

開かれた環境での信頼構築

技術的な相談を持ち込みやすい雰囲気作りも、私たちが大切にしていることです。

当社の工場は、1階で金属を加工しながら、2階は木の温もりを感じる事務所となっています。工場っぽくない外観が自慢で、初めて訪れるお客様からも「こんな工場は初めて見た」と驚かれることがあります。

この開かれた環境は、技術的な相談を安心して持ち込める雰囲気を作り出しています。「ステンレス加工で困っているんだけど」という気軽な相談から、本格的な案件に発展することも多いのです。

まとめ―ステンレス加工を通じて伝えたいこと

ステンレス加工は、粘りによる工具摩耗と、熱による寸法精度の課題から、切削加工において最も難易度の高い分野の一つです。しかし、この難題を克服し、高精度な小物部品を安定して供給できる能力こそが、精密切削加工のプロとしての証明だと私たちは考えています。

榊原工機は、旋盤、マシニングセンタ、ワイヤーカット加工機を駆使し、多能工の経験と創造的な思考をもって、お客様のステンレス加工の課題を最高のパフォーマンスで解決し続けます。

材質や加工方法でお困りの際は、ぜひ一度ご相談ください。「いろいろ相談するよりも榊原工機1社で解決できることが多い」というお言葉を、これからもいただけるよう、私たちは日々技術を磨き続けています。

ステンレス加工という難題に立ち向かい続けることで、私たちは成長し、お客様により良いサービスを提供できるようになりました。これからも機械部品加工の駆け込み寺として、皆様のものづくりを支えてまいります。