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【プロに聞きました】焼入れ鋼に追加工は可能? 加工現場のリアルな事情

製造業で部品調達の仕事をしていると、「焼入れ後にタップ加工忘れに気付いた」「ここにある焼入れ鋼のピンに穴を開けたい」というような状況に遭遇することがあると思います。一般的には「焼入れが入ったら加工できない」と諦めがちですが、実は適切な技術と設備があれば対応可能なケースもあります。

そこで今回は、愛知県春日井市にある金属加工メーカー、有限会社榊原工機の榊原崇社長に、焼入れ鋼加工の基礎から実際の加工現場のリアルな話まで、詳しく教えていただきました。

有限会社榊原工機|小物部品の少量~中量生産に特化|ガレージブランド・個人ブランド”の試作開発も

そもそも「焼入れ」って何?

まず、榊原社長に「焼入れって何ですか?」という基本的な質問から聞いてみました。

「焼入れというのは、もともと硬い金属を、さらに硬くする加工です。鉄や鋼などの金属材料を高温に加熱した後、水や油などに入れて急激に冷却することで、金属内部の組織が変化して、硬度、強度、耐久性、耐摩耗性などが大幅に向上します」

焼入れをすることで、例えばプレス金型の刃物の部分を硬くしたり、他の部品と接触する部分を摩耗に強くしたりなど、金属に機能を付加できるというわけです。しかも用途によって硬さを変えることができるので、これは奥が深そうな世界です。

HRC硬度で表す「硬さ」の世界

さて、焼入れ鋼の硬さを表す単位として「HRC(エイチアールシー)」があります。これはロックウェル硬さ試験で測定された値で、数値が大きいほど硬い材料になります。

「HRCは、加工屋の私たちが普段使っている範囲では60から65くらいが最大です。機械加工で関わるものとしては、最大でも65くらいですね」と榊原社長。

榊原工機で通常扱う材料では、SKD11という金型材料の硬さはHRC60前後、SKH9という非常に硬い素材ではHRC63~66前後とのこと。一般的にHRC40を超えると通常の工具では加工が難しくなり、HRC50を超えると特殊な刃物が必要になるということで、数字が大きくなればなるほど「難加工」といわれる領域に入っていくそうです。

一般的な焼入れ加工の流れ

では、通常の部品加工における焼入れの流れを見てみましょう。


「一般的には、まず当社のような加工屋で切削加工をして部品の形を作ってから、焼入れ屋さんに出して焼入れを行います。焼入れができたら当社に部品を戻して、表面を0.1mmから0.2mmくらい研磨して、指定の公差に仕上げます」

焼入れで硬くなる前に切削加工を終えて、焼入れ後には公差に合わせて調整するのが一般的な工程、ということですね。

焼入れ後の加工が必要になるケースとは

焼入れ前に切削加工をするのが一般的な流れではありますが、榊原工機には焼入れ後の部品への加工依頼も多く持ち込まれます。

「焼入れした後でネジ加工が抜けていることに気付いたとか、設計変更になって穴を追加することになったとか、そういうご依頼が多いですね。また、ミスミなどで市販品の焼入れ鋼のピンを購入して、追加工をして使いたいけどできますか、というような相談もあります」と榊原社長。

他にも、中国の協力工場で作った部品の穴加工忘れが見つかって「焼きが入っているから何とか追加工してほしい」というような依頼もあるそうです。難しい加工依頼が多く入りますが、榊原工機はそういう「何とかしてほしい」を「何とかしてくれる会社」として認知いただいている、ということですね。

焼入れ鋼の加工はなぜ難しい?

では、なぜ焼入れ鋼の加工は難しいのでしょうか。
「焼きが入った部品を加工するには、特殊な知識と道具が必要です。HRC40くらいの硬度であればマシニングセンターの工作機械で切削できますが、刃物の消耗は早くなります。そしてHRC50とか60クラスになると、焼入れ鋼用の刃物を使わないと加工できません」

そして特に難しいタップ加工には「ヘリカル加工」という方法を使います。
「ヘリカル加工は、工具を回転させながら軸方向に移動させることで、螺旋状の溝を精密に加工する特殊な加工法です。普通のタップ加工だと上下の動きだけで加工しますが、ヘリカル加工では刃物が回転しながら溝のねじれに沿って動いていきます」

つまり、焼入れ鋼の加工の難しさは
・焼入れ鋼専用の特殊工具が必要
・ヘリカル加工などの特殊加工のためのプログラムが必要
・加工トラブルが発生しやすいので、トラブルを防ぐ手段など熟練工の知識が必要
というあたりにありそうです。

焼入れ鋼の追加工:見積のリアルな話

そして気になるコストについても、榊原社長は率直に教えてくれました。

「焼入れ鋼用の刃物は高いです。加工時間が10分で終わる仕事だったとしても、工具を1本調達する必要があります。また、1本の刃物でいくつ加工できるかも問題です。1個や2個の少量で違う部品を加工していると、それぞれ条件や状態が違いますので、加工中に刃物が折れてしまうこともあります」

そんな事情から、焼入れ鋼の加工の見積には、通常の加工費に加えて特殊刃物の費用、加工リスク、技術料が含まれることとなり、一般的な加工よりも割高になります。

ただ、「顧客にとっては高額な加工品に追加工することで部品として使用可能になるケースもあり、新しく作るよりも安く済むというメリットがあります」ということでした。例えば、新規製作で10万円かかる部品でも、既存品への追加工なら3~4万円程度で対応できるケースもあるそうです。

実際の加工事例

では、実際の加工事例をいくつかご紹介します。

有限会社榊原工機|小物部品の少量~中量生産に特化|ガレージブランド・個人ブランド”の試作開発も

市販品のピン(焼入れ鋼)への追加工

有限会社榊原工機|小物部品の少量~中量生産に特化|ガレージブランド・個人ブランド”の試作開発も

固定部品にタップ穴を追加工

有限会社榊原工機|小物部品の少量~中量生産に特化|ガレージブランド・個人ブランド”の試作開発も

既存の超硬刃物を追加工

まとめ:愛知県の町工場が支える「困った」の解決

焼入れ鋼の加工は、特殊な技術と設備、そして経験が必要な分野です。「焼入れを忘れていた」「設計変更で追加工が必要」といった困った状況は、製造業の現場では珍しくありません。焼入れの種類によって加工の難易度も変わるため、専門業者のアドバイスを聞きながら最適な方法を選択することが大切です。

有限会社榊原工機は、愛知県春日井市を拠点に、名古屋エリア、東海地方だけでなく、全国から切削加工のご依頼をお受けしています。焼入れ鋼の特殊加工も含め、手のひらサイズの旋盤加工、マシニング加工、5軸加工などに対応し、単品・小ロットの加工にも対応しますので、「焼入れ鋼で困った」というときはぜひ相談してみてください。

(インタビュー・構成=ものづくりライター 新開潤子)

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