はじめに:一本のパターに込められた想い
私たち有限会社榊原工機は、愛知県春日井市で精密部品の加工を手がける町工場です。日々、お客様からお預かりする複雑な部品を、ミクロン単位の精度で削り出す仕事をしています。
そんな私たちが、なぜゴルフパターを作ることになったのか。今回は、自社ブランド「SAKAKI Gear」の代表製品である「SAKAKI PUTTER」誕生の裏側を、包み隠さずお話しします。
このパターは、単なるゴルフ用品ではありません。私たちが長年培ってきた精密加工技術と、お客様との対話から生まれた、技術の結晶です。ステンレスや真鍮の塊から、一切妥協なく削り出されたこのパターには、町工場の誇りと情熱が詰まっています。
第1章:お客様の声が教えてくれたこと
「駆け込み寺」として積み重ねた経験
「榊原工機さん、この部品、どこも断られちゃって…」
工場に届くお電話やメールには、こんな切実な声が少なくありません。私たちは、業界では「機械部品加工の駆け込み寺」と呼んでいただいています。複雑な形状、短い納期、少量生産。一般的な工場では敬遠されがちな案件でも、私たちは真摯に向き合ってきました。
特に力を入れているのが、ガレージブランドや個人ブランドの試作開発支援です。新しいアイデアを形にしたいクリエイターの方々は、既存の製品にはない独特な形状や、素材の質感にこだわります。彼らにとって試作品は、ビジネスの成否を分ける重要なものです。
品質へのこだわりを肌で感じる日々
ある日、あるガレージブランドのデザイナーさんから、こんな相談を受けました。
「他の工場で作ってもらった試作品、イメージと違うんです。図面通りに作ってもらったはずなのに…」
実際に製品を見せていただくと、確かに寸法は図面通り。でも、角の仕上がりや表面の質感が、デザイナーさんの求めるレベルに達していませんでした。
これは「品質認識のギャップ」と呼ばれる現象です。発注する側がイメージする品質と、加工する側が実現する品質にズレが生じてしまう。この問題は、部品加工の現場では珍しくありません。
「削り出し」という答え
このギャップを確実に解消する方法の一つが、金属の塊から直接削り出す「削り出し加工(ビレットミルド)」です。
鋳造品では、どうしても内部に微細な気泡や不均質な部分が残ります。プレス品も、設計からのわずかなズレが避けられません。しかし削り出しなら、素材の密度や強度がそのまま製品に反映され、設計者の意図を100%実現できます。
私たちは、この削り出しこそが「最高精度」を約束する方法だと確信しました。そして、その技術力を示すために、自社製品を作ろうと考えたのです。
特急案件が鍛えた対応力
「明後日までに何とかなりませんか?」
試作開発の現場では、納期がタイトになることが日常茶飯事です。展示会が迫っている、プレゼンに間に合わせたい。そんな切実な要望に、私たちは全力で応えてきました。
「加工に困った。納期に困った。いろいろ相談するよりも榊原工機1社で解決できることが多い」
こう評価していただけるのは、現場のエンジニアたちが柔軟に判断し、最適な工程を組めるからです。
例えば、特急案件が入ったとき。5軸加工機が埋まっていれば、マシニングと旋盤を組み合わせて工程を組む。材料は角から削るか、丸から削るか。常に最短ルートを考えながら、品質は一切妥協しません。
こうした日々の積み重ねが、SAKAKI PUTTERを生み出す技術的基盤となりました。
第2章:5軸加工技術という武器
複雑な形状を一発で仕上げる
ゴルフパターのヘッドを想像してください。単なる金属の塊ではなく、打感を左右する曲面、重量バランスを最適化する傾斜、内部の複雑なポケット構造。これらを高精度で実現するには、5軸加工機の存在が不可欠です。
5軸加工機とは、簡単に言えば「あらゆる角度から素材を削れる機械」です。通常の3軸加工機(縦・横・高さ)に、回転と傾きの2軸が加わることで、複雑な立体形状を一回の段取りで加工できます。
私たちは、小物部品の精密加工で培った5軸加工のノウハウを、このパター開発に注ぎ込みました。工業製品で磨いた技術を、一般のお客様にも届けられる製品として形にしたのです。
「考えて動く」エンジニアたちの力
高度な設備があっても、それを使いこなす人間の知恵がなければ、本当に良い製品は生まれません。
私たちが「クリエイティブにものづくりをしている」と言えるのは、エンジニアたちが単なるオペレーターではなく、「考えて動く多能工」だからです。
現場では、こんな会話が日常的に交わされます。
「この形状、5軸で一発勝負か、それとも複合加工機で穴加工まで含めるか」
「特急だから今動ける機械で組もう。マシニングで外形を出して、旋盤で仕上げれば明日の昼には出せる」
私たちは、エンジニアの頭脳を「旋盤のように高速回転させて」最適な加工法を導き出します。この創造的な問題解決能力が、SAKAKI PUTTERの完璧な形状とバランスを実現しました。
複雑な部品も形にする技術力
「複雑な形状の部品も形にする」
これは私たちの掲げる強みの一つです。お客様から「こんな複雑な形、できますか?」と相談されたとき、私たちは図面を見た瞬間に、頭の中で加工工程を組み立てます。
どの機械で、どの工具を使い、どの順番で削るか。熱による変形をどう防ぐか。仕上げ面をどう美しく出すか。
こうした細かな判断の積み重ねが、ミクロン単位の精度を実現します。SAKAKI PUTTERの開発は、まさにこの技術力の集大成でした。
一社で完結できる総合力
削り出しパターの製造には、5軸加工だけでは足りません。旋盤での回転加工、マシニングでの平面加工、ワイヤーカットでの精密な穴あけ。様々な技術を組み合わせて、初めて完成度の高い製品が生まれます。
私たちは、これらの技術を全て社内で持っています。外部に工程を依頼する必要がないため、品質管理が徹底でき、納期も短縮できます。
この「一社完結」の体制が、SAKAKI PUTTERの安定した品質を支えています。
第3章:素材へのこだわり
ステンレスという選択
SAKAKI PUTTERには、ステンレス(SUS)モデルがあります。ステンレスは、耐久性と剛性に優れ、独特の無機質な美しさを持つ素材です。
しかし、加工する側から見ると、ステンレスは決して扱いやすい素材ではありません。硬く、粘りがあり、工具の摩耗も激しい。いわゆる「難削材」に近い特性を持っています。
それでも私たちがステンレスを選んだのは、この素材こそがパターとしての高精度な打感と、長期にわたる信頼性を実現できるからです。
寸分の狂いもなくステンレスを削り出す。これは、私たちの技術力の高さを示す、最高の証明になります。
真鍮が持つ魅力
もう一つの素材が、真鍮(BRASS)です。
真鍮は、重厚感があり、使い込むほどに味わいが増す素材です。いわゆる「エイジング」と呼ばれる経年変化が、所有する喜びを深めてくれます。
新品のときは明るい金色ですが、使っていくうちに徐々に色が変化し、独特の風合いが生まれます。これは、単なる工業製品を超えた、道具としての情緒的な価値です。
工業的な精度と、使い手に寄り添う温かみ。この両立こそが、真鍮を選んだ理由です。
削り出しが示す技術的宣言
削り出し製品は、鋳造品やプレス品とは根本的に異なります。素材の密度や強度がそのまま製品に反映されるため、一切の妥協が許されません。
わずかな工具の選定ミス、送り速度の設定ミス、冷却の不足。どれか一つでも間違えれば、製品は台無しになります。
SAKAKI PUTTERを削り出しで製造することは、「私たちはこのレベルの精度と品質を実現できる」という、技術的な宣言なのです。
お客様へのメッセージ
このパターをオリジナルグッズとして開発した背景には、お客様へのメッセージがあります。
「私たちは、あなたのアイデアを、このレベルの精度で形にできます」
ガレージブランドや個人ブランドのクリエイターの方々に、最高の成功体験を提示したい。そんな想いが、SAKAKI PUTTERには込められています。
試作開発を依頼される際、多くのお客様は「本当にイメージ通りに作れるだろうか」と不安を感じています。この削り出しパターを見ていただくことで、私たちの技術レベルを実感していただけます。
第4章:環境が育むクリエイティビティ
工場らしくない町工場
私たちの工場を初めて訪れた方は、よくこう言われます。
「工場には見えないですね」
確かに、私たちの工場は一般的な工場のイメージとは少し違います。Googleレビューでも「ホームセンターとお風呂屋さんに挟まれたところにある工場に見えない町工場」と表現していただいています。
1階では金属加工を行っていますが、2階の事務所は木の温もりを感じる空間になっています。緑も多く、リラックスできる環境です。
なぜ「あたたかい」環境なのか
複雑な部品加工は、精神的な負荷が高い仕事です。図面を読み解き、最適な加工法を考え、ミクロン単位の精度を実現する。常に頭をフル回転させる必要があります。
そんな環境だからこそ、物理的な空間は「あたたかく」あるべきだと考えています。リラックスできる環境があるからこそ、エンジニアたちは固定観念にとらわれず、柔軟でクリエイティブな発想を生み出せます。
SAKAKI PUTTERという革新的な製品は、この環境から生まれました。
失敗から学ぶ文化
私たちは、加工現場での失敗事例も積極的に公開しています。「マシニング・旋盤・5軸加工機のリアルなトラブル事例」として、工具の折損や、想定外の変形など、包み隠さず共有しています。
なぜなら、失敗から学ぶことが、次の成功につながるからです。
SAKAKI PUTTERの開発過程でも、多くの試行錯誤がありました。最初に削り出したプロトタイプは、重量バランスが理想と違いました。内部のポケット構造を何度も調整し、ようやく納得のいく打感を実現できました。
こうした困難を乗り越える経験が、製品の完成度を高めています。
情報発信への取り組み
私たちは、ブログやSNSで業界知識を積極的に発信しています。
「プロに聞きました」シリーズでは、ワイヤーカット加工の基礎知識を解説しています。「今さら聞けない」シリーズでは、見積依頼のコツなど、お客様が知りたい情報を提供しています。
これらの情報発信は、お客様がものづくりを円滑に進めるための支援です。SAKAKI PUTTERの開発も、この延長線上にあります。
実際の製品を通じて、私たちの技術レベルと、お客様に提供できる価値を示す。それが、最も説得力のある情報発信だと考えています。
まとめ:技術と想いの結晶
SAKAKI PUTTERの誕生は、単なる新製品開発ではありません。私たち榊原工機が長年培ってきた精密加工技術と、お客様との対話から得た気づきを、一つの形に凝縮したものです。
誕生のきっかけを振り返る
このパターが生まれたきっかけは、三つの要素が融合したことにあります。
一つ目は、「機械部品加工の駆け込み寺」として、お客様の求める「妥協のない最高精度」へのニーズを肌で感じてきた経験です。
二つ目は、複雑な小物部品の加工を通じて鍛えられた5軸加工技術と、考えて動くエンジニアの知恵です。
三つ目は、品質認識のギャップを解消し、最高品質を保証するために、ステンレスや真鍮の削り出しこそが最適だという確信です。
お客様へ常にベストを提供する
「お客様のご依頼に常にベストパフォーマンスで応える」
これは、私たちの企業理念です。SAKAKI PUTTERは、この理念を自らの手で具現化した「クリエイティブなものづくり」の象徴です。
この削り出しパターを手に取っていただくことは、愛知県春日井市の町工場で日々磨かれる技術と、それを使う人々の熱意が融合した、ものづくりの真髄を体験していただくことです。
これからも進化を続ける
SAKAKI PUTTERの開発は、私たちにとって一つの到達点であり、同時に新たな出発点でもあります。
この経験を通じて得た知見を、今後のお客様の試作開発支援に活かしていきます。より複雑な形状、より高い精度、より短い納期。お客様の期待を超える製品を提供し続けるために、私たちは技術を磨き続けます。
もしあなたが、「こんな複雑な形、作れるかな」「この精度、実現できるかな」と悩んでいるなら、ぜひ一度ご相談ください。
SAKAKI PUTTERという実例が、私たちの技術力を雄弁に語ってくれるはずです。